2020年7月12日日曜日

2020年7月4日土曜日

身体の遺伝子  情報のミーム

私たちは遺伝子と聞くと生物の細胞に書きこまれているDNAを連想する。そのDNAが生物の世代間で伝達物資として受け継がれていく生物カテゴリのなかで捉える。

その遺伝子と同じような働きが脳内にも存在するとドーキンス博士は提唱する。それがミーム(Meme)と呼ばれるものだ。つまりミームは身体の遺伝子と同様に書き込まれた情報を複製をしながら増殖し、脳から脳へ伝達していくという情報カテゴリの中で捉えるものだ。(親子間の伝達継承ではなく社会間での伝達になる)

人間の歴史では遺伝子の流れと同様にミームの流れも存在したという考え方である。ミームは音楽、ファッション、映画、文学、政治など文化に作用する人の脳への働きを扱う。

ここで先の投稿で紹介したホモ・デウスで書かれていることを思い出した。
もしミームを人工的に発展させることができたらどうなるのだろうかと。
おそらくそのプラットフォームはAIになると思う。

遺伝子操作の可能性はこれまでもこれからもバイオテクノロジーによって加速的に進化され、していくと思われる。(進化と呼べるかどうかはわからない)
遺伝子操作と同様にミームも人工的にしかも意図を持って進化させていったら人間社会の情報は一体どうなっていくのだろうか。

ユヴァル・ハラリ氏が警鐘を鳴らしているのはこの点かもしれない。

2020年7月3日金曜日

グルーミング 床屋さん

魚の世界にも前投稿のサルのグルーミングに似た行動がある。
サンゴ礁の周辺に住む小魚、小エビがハタなどの大きな魚のエラ、ヒレを掃除をしてやる行動 これらは共生と呼ばれる。

共生は小魚の方が除去したものを食料にし、大きな魚の側は付着した寄生虫などを取り除いてもらうということで成り立つ。
大きな魚はどうやって餌と共生仲間とを見分けているのだろう。小魚は大きな魚が普段食べている餌のサイズも形もそれほどの差異はない。

見分けのコツは小魚側が踊るダンスと表面模様にあるという。それにお客さんである大きな魚は我々の床屋さんと同様、いつも決まった場所へ行って順番を待つようだ。小さな魚の床屋さんはお客さんの前でダンスを踊りながら近寄ってくる。それを確認したお客さんは口を開け、エラを開けて お願いしますと言う。

何故いつもお馴染みさんでお願いするかというと、人間の場合と同じで毎回別の場所を探すのは面倒だし、厄介だしということらしい。

この魚たちの習性で興味が湧くのは彼らの潜在能力のこと。魚同士でこのように特殊な社会を作り出して互いに共生し合って生きていること、魚たちの意識を持たない遺伝子が自分たちの種の保存にとって役に立つ情報を取捨選択を繰り返しながら遺伝子プールの中でバトンリレーしていることだ。

そして遺伝子の記憶は人間にも引き継がれている。
我々の経済そのものが共生であるし、床屋さんで代金を支払うお金も共生の形の一つだ。

2020年7月2日木曜日

遺伝子 利己と利他

先の投稿で遺伝子の利己と利他は表裏一体のようなもので時間軸の中で収束して行くと書いた。

遺伝子の取捨選択はどのように行われるだろうか。その取捨選択を行う法則がアルゴリズムというもので自然への適応性が軸になるのだろう。

遺伝子には意識がなく、自然環境の中で失敗と成功を繰り返しながら意識がないままに自己学習して行く それが生物アルゴリズムの実態のようだ AIの自己学習も基本は同じだ。次にざっくりとした話になりますがサルを例に遺伝子の取捨選択の一例を紹介してみよう。

危険な伝染病を持つダニがサルの群れの中で蔓延しているとします。サルは仲間同士でグルーミングを行うことでそのダニを取り除いてもらう。サルの群れの中には律儀なサルと狡猾なサルとがいると仮定します。

律儀なサルは自分がしてもらったグルーミングを相手にも施してやる。一方狡猾なサルは自分はしてもらうが相手にはしてあげない。効率の観点で言えば狡猾なサルの方が得点が高い。何故なら楽をして健康に生きられるからだ。

このサルの群れの遺伝子プールの中では生き物として効率の良い狡猾なサルの遺伝子が多くなる。そしてやがて狡猾な遺伝子を持ったサルだけの群れになっていく。しかし狡猾なサルは相手にグルーミングを施さないことから危険なダニから寄生されたサルが多くなり、やがてその群れはダニによって絶滅の危機に脅かされる。

生き残ったサルの遺伝子は狡猾な行為が自分たち種を絶滅に追いやる危険性を直感し、遺伝子プールの中で律儀なサルの遺伝子が再び優位性を持つようになる。
気の遠くなるような長い時間の中で自然環境に従い、このようなことが繰り返されている。

(一部参考;The Selfish Gene  /  Dr Richard Dawkins)

Prisoner's Dilemmaの歴史

ゲーム理論で「囚人のジレンマ」というのがある
自分勝手に行動をとる方が得策か 互いに協力し合った方が得策かの選択肢のジレンマである

生物の遺伝子はSelfish=利己 と Altruism=利他とで構成されているという
生物は魚でも動物でも一見、利己的な行動をとっているように見えても長い目で見ると相互に利他的結果に収束して行くパターンが見られる またその逆もある。

前投稿のサピエンスは生物のうち人類だけを切り取った遺伝子の歴史でもあるというのが私の感想である。生物体は遺伝子の乗り物である。少しずつ少しずつジレンマを繰り返しながら乗り物を替えて進化をしていく。 

そして人間は生物の中では一番大きい脳を獲得するに至る。太古の狩猟・採集時代から農耕時代へ進み、文字が生まれ数学が生まれ、そして貨幣が生まれた。商業が発展し産業も発展した。電子マネーのお陰で人間の活動は10人程度の群れから始まり、グローバルと言われるまでに大きくなった。

ホモ・デウスの時代では人工頭脳が生まれた。まだ人間の頭脳には勝てないがチェスや将棋のようなゲームの世界では既に人間を凌駕している。人間の体にチップを埋めるだけで普通の女性がランボーのような戦士に変身させることも可能だと言う。

アルゴリズム AIなどのテクノロジーはこれから飛躍的に発展していく。
それらの技術は政治を始め、あらゆる分野で利用されて行くだろうと考えられている。
(著者のユヴァル・ハラリ氏が注意をしなければならない点はここだと指摘している)

この五十年で先進国の人の寿命は2倍ほど長くなっている。
これから上記テクノロジーを駆使することで、人間の体を構成するパーツ交換や再生により人間の寿命の限界は更に伸びて行くと言われている。もしかしたら人工を含めた頭脳の発達が身体を捨てる時代もくるかもしれない。
それらが人間に幸福をもたらしてくれるとは思えないが・・・。

2020年7月1日水曜日

Dr Yuval Noah Harari



イスラエルの歴史学者による上記著書を読んで見た
サピエンスとホモ・デウスは上下巻となっている。

世界的なベストセラーでもあり、是非読んでみたいと思った。
中でもホモ・デウスは大変面白く読ませてもらった。

サピエンスが人類のこれまでの足跡をレビューしたものに対してホモ・デウスではこれから先の人類の可能性を示唆している内容となっている。アルゴリズム、AI、科学の発展と生物としての対応など興味深い内容だった。

21 Lessons は21世紀に向けて人類はどのように生きていったら良いか、何に注意すべきかについて21のテーマを掲げて説いた内容であるが難解な箇所が多い。

2012年3月29日木曜日

人にやさしいお宿に泊まりたい



別府温泉に行ってきた。
お袋を温泉に連れて行ってあげたいと思うが、本人の身体能力を考えるともう無理なことかなと半ば諦めていました。


ところが突然の事でその話が持ち上がった。姉が急に言い出したのだ。二人で相談して何とか実現させる方法はないかと相談し、そしていくつかの条件を挙げ、想定を満足できる旅館を探す事にした。




探す条件は二つ。先ず階段を使わずにお風呂に行けることこれが必須。そして美味しい食事が楽しめ心地よく応対してくれること、この2点。実際探してみるとなかなか見つからない。


探していた時の旅館側の応対から、以外にもハートフルな施設意識は持っていないように感じられた。高齢化社会の到来は以前から言われ、これまでの踏襲では旅館経営も大変であろう。活路を見出すかも知れないハートフル対応に手だてをしてこなかったようでした。


そうであれば考えを少し変えて、費用は高くなるが部屋にちゃんとした温泉が設えてある旅館を探そうということになりました。そして最終的に到達したのが「別府yuya」でした。






この旅館は母屋と離れのお宿とで構成されている。上の写真はそれらの二つをつなぐ回廊です。少しスロープになっている。母屋で食事を戴く事になりますので、一泊で夕と朝の2回ここを渡る事になります。母屋の上がり框と私達が泊まった部屋にだけ少しの段差があり、そこだけが1.2段の階段を超えなければなりません。しかし介添えを行えば然程問題ではありませんでした。




ここが私たち専用のお風呂です。家庭にあるお風呂の距離にありますので、足の悪いお袋にとっては利用し易かったのではないかと思います。お風呂は写真のように露天になっておりますが、真ん中当りに引き戸がありますので、寒い時にはそれを閉める事が出来るようになっております。(お湯の表面と扉の下端との間に15cmほど隙間が出来てしまうので風が入ってくる)露天なので、温度管理が大変そうに感じましたが、泉質も良く気持ち良い温泉で私達は日に何度も楽しむことができました。




結局ここで連泊した。朝夕の都合4回の食事の際、同じダイニングルームを用意してくれました。上の写真のお庭を眺めながらたっぷりと時間をかけて料理を戴きます。料理は和風スタイルの創作懐石です。数々の厳選された材料を使っていたようで全般にとても美味しかったです。私は特に豊後牛を使った料理がおいしいと思いました。魚の方は関アジが印象に残っています。




これからはシニア世代が動く。そして我々のようにシニアと更にその親との家族旅行が増えていくだろうと私は考える。旅館のサービスもこれまでのように料理を盛り付けているお皿の数を競って、どうだと言わんばかりの態ではいられないと思う。家族旅行はそう何回もいける訳ではないので、やはり実現できる旅行は印象深いものにしたいと誰もが思うところである。そんな希望に応えてくれるお宿をどんどんと増やして貰いたいものである。