今日は彼岸の中日
牡丹餅を拵えた
これから釣りに行く 昼飯は牡丹餅
昨日 午後からヒラスズキを釣りに出かけた 釣果は1.3kgのが1尾
先日から数は少ないが反応はあるけど取り込み時にフックアウトし獲物を得られない状況での漸くの1尾だ
もう時期的に産卵を過ぎて少しずつ活性が上がっているのだろうと思っていたが釣った魚を捌いてみるとまだ真子を抱いていた
2月が産卵と聞いていたが個体によってマチマチなんだな
本日昼はヒラスズキ兜の田舎うどんにしよう
今年の初釣果 ヒラスズキ2尾が釣れた 1.5kgと1.4kg
当初の予定では今日は港へ行ってカマス釣りをやるつもりだった しかし今日は日曜日でカマスもそこそこ釣れているとのこと おそらく港には多くの釣り人が来ているに違いない
天気情報を見るといつものポイントに潮が当たっている そして来月頃からはそろそろヒラスズキの産卵時期が始まる 彼らには今栄養が必要だ おそらく食欲は旺盛だろう・・と考えた
そして急遽、予定を変更して磯場へ出かけた 果たして狙いどおりに食ってきた 釣れた魚たちの食べ方はもう決めている スモーク、しゃぶしゃぶ、天丼、アボカド小鉢、フライ、差し当たり今晩はアラで鍋にしよう
やっと1尾だけ確保できた
午後から行って3時間ほど釣りをしてみた 全部で3尾が釣れたが後の2匹は岩場の上まで上がり顔を見せてくれただけで一瞬で逃げていったので結局この1尾だけを持ち帰ることができた
正月はこの1尾があれば良い よくぞ釣れてくれた 感謝
2ヶ月ぶりに釣りへ行って来たがやはり釣りは楽しい
先週、延岡市で仕事をしていたら+41から始まる番号から携帯に掛かってきた 国際電話の詐欺電話だろうと最初は無視した その直後にCメールが送られてきた
ジュネーブにいる知り合いの妹だった 家族5人で日本に旅行に来ていて年末まで滞在するとのこと 先着の息子と二人だけで大阪(関空)からレンタカーを借り瀬戸内海の直島経由で四国へ渡り、九州に3日間滞在するので会いたいということだった
生憎、ちょうど体の不調を覚えている時であったが別府で会うことを約束した 彼女とはもう30年ぶり以来の再会となる その妹とも食事をしたりお茶に行ったりドライブやキャンプに行ったりしていた 姉妹は一つ違いでとても仲が良くいつも一緒だった そうして妹も自分を家族のようにしてくれた
兎に角、積極的に行動する人だった 日本語も堪能でフランス国費で日本にも仕事で来ていた 遠い昔の夏、二人で三浦半島をドライブしていた時だった(その時姉は用事で来れなかった)油壺の停泊港に至る湾曲している水道(100mくらいの幅)の岸で二人で佇んでいた時、彼女が突然泳いで対岸へ渡ろうと言い出した 彼女はちゃっかり水着を持参していたが、こちらは水着を持ってきてなかったので最初は嫌だと言った
その日に限って身に着けていたのはブカブカのブリーフだった 彼女は構わないから行こうと言い出して聞かない 「よし 行こう」と決めた 潮流が少し心配だったが海に入ってみると持っていかれるような潮流は感じなかった
対岸に泳ぎ着いて二人が岩場に登った時のことが書きたいので今これを書いている 水に濡れたブカブカのブリーフ姿を自分の目でみると如何にも貧相な姿である 漂流難民のような姿をしているのである 俺は自身のその情けない姿を気に掛けていたが彼女は一向に気にしている素ぶりを見せないし笑い出しもしなかった 本当はそのように振る舞っていただけかもしれない その時に覚えた羞恥は今でも時々思い出す
別府の丘の上にあるレストランで30年ぶりに会いbise(フランス式親しい挨拶)を交わし、予約していたレストランで昼飯を食った 懐石料理の様なものだった 小さな部屋というより仕切りのある部屋で懐石料理が並ぶにはテーブルが小さかった
30年間に過ぎたお互いのことを話し合った 息子さんはアントワーヌ君という名前で25歳 医学を学びこれからインターンを経て本格的な医者へのスタートだとのこと(実は弟も医学専攻) 彼と話す時だけ英語が必要だった 食事をしている時の彼女の指には大きなダイヤモンドが光っていた ピアスにもそれと同じ光が放たれていた
食事をした後、湯布院へ行こうということになり、途中にある由布岳の麓の草原へ立ち寄った 今はセンブリという薬草の花の時期はもう過ぎていて一面に草もみじになっていてとても綺麗だった 由布岳の手前にある小さな山、あの地方独特の草一面の小高い山がある 彼女とアントワーヌ君は翌日の早朝に再びそこを訪れ、その山の頂上まで登ったとのこと
その後に湯布院へ行き 金鱗湖の周辺を散策したり温泉の源泉を見学して温泉卵を買ったりしてきた 皆で宿泊して週末を一緒に過ごそうと彼女から提案があったが冒頭の生憎の体の不調もあり固辞せざるを得なかったのが残念である 彼女たち親子は九州旅行を終えた後、残りの家族3人を迎えに行くために再び関空へ戻りその後、家族全員で京都を巡り関東方面へと廻り年末まで滞在するとのこと
良い思い出が一つ増えた
この曲を耳にしたのはオレが10代後半だったと記憶している だとするとPaul Simonは20代そこそこで書いたことになる 改めて聞いてみると名曲でよくその若さでこのような詩が書けるものだと感心する
Old friends, Old friends
Sat on their park bench Like bookends.
A newspaper blown through the grass
Falls on the round toes
Of the high shoes Of the old friends.
古くからの友 古い友
公園のベンチで彼らはブックエンドのように寄り添い腰を下ろしている
芝生の向こうから舞ってきた新聞紙が
友のハイシューズの丸るいつま先に落ちた
Old friends, Winter companions The old men
Lost in their overcoats, Waiting for the sunset.
The sounds of the city, Sifting through trees,
Settle like dust On the shoulders Of the old friends.
古くからの友 冬の仲間(木枯し) 年老いた男
身をオーバーコートに包み心は彷徨い ただ日暮が訪れるのをそこで待つ
街の喧騒が森を通して聞こえてくる
その音は塵のように友の肩に積もる
Can you imagine us Years from today,
Sharing a park bench quietly?
How terribly strange To be seventy.
我々は今から遠い先に訪れるであろう
公園のベンチで一緒に過ごす静かなひと時を想像できるだろうか
ひどく奇妙なことに思える70歳になった自分達がいるそこでのひと時を
Old friends,
Memory brushes the same years
Silently sharing the same fears